ラジオゾンデ(radiosonde:気象観測気球の意)のふたりが奏でるのは、とても静かな音楽です。核になる=判りやすいメロディやリズムとい うものがありません。ギターを主体とした音と電子機器による音の残像は、ゆるやかに変化をしながらも旋律になることはなく、どこまで行っても音のままで す。質量のある空気感と音と音響とで出来上がっている、とても居心地のいい空間です。(ユニット名のまま)空宙に浮かんでいるような、はたまた、水中を 漂っているような、浮遊した感覚です。同時に、その場に溶け入ってしまうような淡さもあります。漠然とですが、(理性とは相反する)日本的な情緒を感じま す。
このように書くと、「それってアンビエントとかって言うんでしょ」となりそうですが、それとは違います。ここには環境(アンビエント)音楽やヒーリング(癒し)音楽の特徴である、音楽自らの存在を感じさせないことを目的とする“匿名性”はありません。
更には、或る特定の気分や気持ちに誘導するような作為的なところもなく、これが“自分達の音楽”なんだ、という嫌味のない思いが伝わってきます。
青木隼人と津田貴司のふたりで組むラジオゾンデは、2009年にアルバム『sanctuary』でデビューをしました。それは、ギターやクロマハープ (オートハープとも呼ばれる30数弦から成る小型の弦楽器)と電子機器による音響処理とで描く、空間と景観にこだわった「気球から眺めた音の風景画」をイ メージしたものでした。譜面に書かれたものを演奏するのではなく、即興で演奏する(多分、ギターの)音の断片に、呼応する音を補足し、編集することで輪郭を構成したものです。少ない音数と細心の気遣いを払った録音による、音の呼吸といった趣があります。ミ二マルな音楽にありがちな硬質な感じは無く、絵に例えれば、グラフィックではなく絵画であり、それも油絵ではなく水彩画の感じでしょうか。
そんな彼らの2枚目のアルバムが『radiosonde』です。
基本的には前作での方法を踏襲し発展させた内容なのですが、開放感と風通しの良さは格段に上がりました。1枚目ではあまり感じることがなかった自由さと (微かですが)躍動感もあります。自らの名をアルバム・タイトルとしたことへの自負なのかもしれません。
メンバーの青木隼人は「注意して聴いてほしいという点は?」という質問に対して、以下の答えを送ってくれました。
①場所と空気を含めた録音:ライン録音したものを(東京オペラシティにある)近江楽堂でスピーカーを通して再生し、空気中に流れるその音をマイクで再度録音しています。
②即興性と構築性のせめぎあい:基本的に即興演奏の繰り返しで曲を構成していますが、何曲かはまったくの即興演奏を編集しただけです。
③sawakoさん、庄司広光さんとのコラボレーション:ある程度編集した音源をNYで生活しているSAWAKOさんに送り、仕上げを依頼。庄司さんには、マイクの立て方などの録音のアプローチから関わってもらい、音を作っていきました。
①は、音と音楽を波長としてではなく、振動として捉えたいということなのでしょう。考えるのではなく感じる音楽=今作の開放感はこのようなことから生れて いるように思います。前作も同様の手法を取っているのですが、今回の方が上手に広がりを出せています。
②の作風解説は、そのまま、自由度の増した音楽の説明になっています。
③は、共同作業をすることで“今”の自分たちの音が完成するということなのでしょう。音楽の幅が広がったのもこの効果なのだと思います。
冒頭にも書いたように、ここには判りやすいメロディやリズムというものがありません。わずか一音で心を鷲づかみにするような劇的な展開もありません。ですから、店頭の試聴機で聴いてもピンと来ないかもしれません。
しかし、聴くとは無しに(何度も)聴くことで、確実に開放感を味わえます。切ないまでにゆっくりゆっくり気持ちがほぐれていくのも判ります。大量生産=大量消費されることのない音楽が持つ純粋さと真面目さがあります。
だれ彼構わずに薦めようとは思いませんが、きっと気に入ってくれるだろう数人を思い浮かべることは容易に出来ます。僕自身、とても気に入っています。
酒井謙次